L 分光計

  1. 実験の目的
  2. 分光学(Spectroscopy)実験入門である.プリズム分光計の構造,調整法を会得し,水銀のスペクトル,水素のスペクトルを観測する.その中で最小偏角を理解し,プリズムの屈折率を求める.また,Rydberg定数を求める.

    実験入門の入門は決して幼稚ではない.むしろ基本的に重要な事柄ばかりである.

  3. 予習すること
    1. 水素原子のスペクトル系列を理解する.
    2. 水素放電管の光をプリズムで分光すると4本の輝線が見えることは19世紀には良く知られていた.1884年スイスの高等女学校教師バルマーは,これらの輝線の波長が,次のような奇妙な式で表されることに気付いた.

                  (L-1)

      ここでは定数,は2より大きい整数である.この式で表される水素原子のスペクトル系列をバルマー系列という.その当時はなぜこのような式が成り立つのか,さらには,なぜ放電管の光が物質に固有の不連続な輝線からなるのかさえ分かっていなかった.

      この謎に対する説明は,1913年にボーアによって与えられた.水素原子のボーアモデルによれば,水素の原子核に束縛された電子のエネルギーは,次のようなとびとびの値しか取ることができない.

             (L-2)

      Rydberg(リュードベリ,リドベル)定数,はプランク定数,は光速,は自然数である.そして水素原子が光を放出するのは,電子があるエネルギー準位から別の準位へ移る時である.よって光のエネルギーは,電子の始めのエネルギーと終わりのエネルギーの差,

          (L-3)

      で与えられる.光のエネルギーと波長にはという関係があるので,

                 (L-4)

      という式が得られる.

      予習問題 (L-3)式から(L-4)式が得られることを確かめよ.また,(L-4)式において,=2とおけば(L-1)式が得られることを示せ.

    3. 水銀のスペクトルの波長を調べる.
    4. 理科年表で可視部にある水銀のスペクトルの波長を調べて,ノートに写しておく.

    5. 最小偏角について調べる.

    最小偏角について本を読み,そしてこれがなんであるかを紙面から理解しようと努めてみよ.しかし,ぴったりとは分からないだろう.実際に実験で確かめると,なるほど,これをこんな風に表現していたのかということが分かる.

  4. 分光計の構造
  5. 分光計の外観を図2に示す.無理をしないように,いろいろの可動部分を動かしてみると,その機能的構造がわかる.各々のネジの意味等も考える.一体何のためにこういう構造になっているのか疑問を持ちながら調べる.

    分光計の機能は,主に3つの部分からなっている.左からコリメーター,プリズム台,望遠鏡である.コリメーターの端にあるスリットから入った光は,コリメーターによって平行光線となり,プリズムによって分光される(進む方向が波長によって分かれる).そして分光された光を望遠鏡で見るというのが大まかな流れである.望遠鏡はプリズム台のまわりを回転できるようになっており,また,回転角を正確に読みとれるよう目盛りがついている.

    あらかじめ全てのネジの機能を調べておくこと.暗い中で実験を行うから,調整済みのネジを誤って動かしたり,不用意に分光計をがたつかせてそれまでの調整を崩してしまうことが多い.

  6. 分光計の調整 
  7. 原則:光の通る方向(光軸方向),光の到達終点から始点の方向に調整を進めていく.一つの調整操作のために,それまでの調整が乱されることのないように順序よく行う.図2参照.

    注意@望遠鏡を覗いたりする前に全体を目で見て,大体の調整を行うとよい.平行とか垂直に対する目測は,案外精度が高いものである.

      A平面鏡,プリズムの光の当たる面には絶対に手を触れてはならない.

      B水銀や水素等の放電管の点灯は必要なときのみ行い,不要の時は消しておく.

    オートコリメーション(auto-collimation)法について

    調整の要点は,オートコリメーションにある.その原理を十分に理解しておくこと.図3参照.

    接眼鏡内の十字線を弱い光源で照らすと,十字線の各点で散乱された光は,もし望遠鏡が無限遠に調整されていれば,対物レンズから平行光線として射出される.望遠鏡の光軸に垂直な反射面があれば,光は再び同じ光路を逆にたどって望遠鏡に入り,十字線の面上に,上下,左右を転倒した実像ができる.((b)の状態.(a)と比較せよ.)この操作をオートコリメーションとよぶ.十字線と実像が一致すれば,望遠鏡は無限遠に調整され,更に光軸と反射面は垂直に調整されたことになる.

    (1)1 目的:十字線がはっきり見えるよう接眼レンズを調整する.

    方法:接眼レンズを前後させ十字線がはっきり見えるようにする(個人差あり).目をこらさなくても楽にはっきり見えるように調整するのがポイントで,そうしないと後々目に負担がかかり目が疲れたりする.

    (1)2 目的:望遠鏡を無限遠に調整する.

    方法:プリズム台上に平行平面鏡を置く(プリズム台の傾き調整ネジQの2つを結ぶ線に平行に置く.傾きの調整にはもう一つのネジを使えばよい).望遠鏡を伸縮しO,十字線の実像がはっきり見えるようにする(図4(a),(b)参照.暗い部分はプリズムの影で,明るい部分の中に実像が見える).十字線と実像を適当に接近させた状態で,目を上下左右に少し動かして,両者が相対的にずれないかどうか調べる.ずれがあれば視差(Parallax)があるという.望遠鏡の筒長を微調整して,「視差=0」にする(これ以降,望遠鏡の伸縮ネジを動かしてはならない).望遠鏡の傾きK,または,平面鏡の傾きを調節して,十字線と実像を一致させる.望遠鏡の回転角を微調整するときは,望遠鏡固定ネジBを締めて,微動ネジAを使う.

    (2) 目的:望遠鏡の光軸の方向を中心回転軸に直交させる.

    方法(1)の調整を終えたところで,平面鏡を中心回転軸の回りに180°回転させる(図5では,望遠鏡を回転させたように描いてあるが,プリズム台の方を回転させればよい.望遠鏡の回転軸とプリズム台の回転軸は一致しているものとみなす).十字線と実像が上下にずれたら,その1/2を望遠鏡の傾きで,残りの1/2をプリズム台の傾き調整ネジで直す.この操作を23回繰り返すと,平面鏡の面が中心回転軸を含み,それに望遠鏡の光軸が垂直になる.

    (3) 目的:コリメーターから出る光を平行光線にする.

    方法:平面鏡をはずし,望遠鏡をコリメーターに向ける.スリットの幅を十分狭くし,水銀ランプを点灯してスリットを照明する.コリメーター伸縮ネジを調節して,スリットの像が鮮明に見え,十字線との間に視差がないようにすれば,コリメーターから出る光は平行光線とみなせる(望遠鏡が既に無限遠に調整されているからである).

    (4) 目的:コリメーターの光軸を回転軸に直交させる.

    方法:スリットの長さをいったん縮めて,スリットの中心と十字線が一致するように,コリメーターの傾き調整ネジを合わせる.調整ができたら,スリットの長さは視野いっぱいに伸ばしておく.

    (5)目的:プリズムの稜を中心回転軸に平行にする.

    プリズムは頂角をはさむ2面(光の入射面と射出面)がともに望遠鏡の回転軸に平行になるように置かれていなければならない.つまり,2面の交線,すなわちプリズムの稜(りょう)と,回転軸を平行にする.これは,光がプリズムで屈折しても目盛盤との平行性を失わないためである.

    方法:図6のように,プリズム台の上にプリズムを置く.プリズムの頂角をはさむ一面ABを,台の傾き調整ネジの2つ,Y,Zを結ぶ線に垂直になるようにする.頂点が一番内側の円周上にくるように置くと後から都合がよい.次に,望遠鏡をこのAB面に向けた位置Iでオートコリメーションを行い(十字線と実像を一致させる),面ABを望遠鏡の軸に直交させる.これは,Zのネジで調整する(最初はYでもよい).それから,望遠鏡をAC面に向けたUの位置で,Xのネジのみを用いてオートコリメーションを行い,AC面を望遠鏡の軸に直交させる.このときXのネジを動かしてもAB面はそれ自身の面内で動くだけであるから,IでのAB面の調整は狂わない.Iの位置に戻ってずれがないことを確認する.もしずれていれば,プリズムの置き方を確認し(面とネジを結ぶ線がきちんと直交しているか?),調整をやり直す.

    質問 プリズムの置き方とネジの使い分けとの関係を説明せよ.

    (質問の答えは,その日の実験終了後まとめて記すこと.問題も同様.ただし,確認とある時は,実験途中で確認すること.)

  8. 測定
  9. 指標,副尺,偏心誤差について

    目盛円盤は,外縁を720等分してあり,1目盛は30’(30分)である(1゜は60’).指標の副尺は,主尺の29目盛を30 等分したもので,1’までは読みとることができる(ノギスの要領).目盛円盤の中心と指標の回転中心を完全に一致させることは工作上難しい.両者にずれがあれば,一つの指標で読まれた角は真の回転角に等しくない.これを偏心誤差という.分光計には180゜離れて二つの指標があり,両方の指標で移動角を読み平均すれば,正しい回転角が得られる.

    (1)プリズムの頂角を測る

    注意:星印()のところは物理科の学生は必ず行うこと.化学科の学生は省略しても良い.以下でも同様.

    いくつかの方法が考えられるが,ここでは,次の二つの方法で測定する.

     

    A.調整(5)の操作を終えた状態で(図6),T(またはU)の位置で望遠鏡の指標を読む.再びU(T)に戻し,AB面でオートコリメーションを行い(望遠鏡の回転だけでできるはずである),その時の指標を読む.その差から,TからUへの望遠鏡の回転角が求められ,その補角が頂角に等しい.

     

    B.スリットを光源で照明する.コリメーターの調整が終了していれば,平行光線が得られる.このとき,図7に示すように,プリズム面によってできるスリットの正反射像を用い,T,Uの位置に望遠鏡があるときの指標を読み取れば,その読みの差が頂角の2倍に等しい.

    確認:二つの方法の測定結果を比較せよ.さらに,その差と,角度の測定誤差(どのくらいと考えられるか?)と比較せよ.

    問題:A,Bの方法によって確かに頂角が得られることを証明せよ.

    質問:他にどんな方法が考えられるか?

    (2)水銀のスペクトルを観測する.

    水銀のスペクトルが見えるように,望遠鏡とプリズム台を回転する(図8参照).緑(黄緑に近い)の明るい輝線を確認する.これが,水銀の546.1nmのスペクトルである.また,その隣に黄色(だいだい色に近い)の一対の輝線577.0579.1 nmが観測されるはずである.これらが,はっきり2本に分かれるようにスリット幅を調整する.さらにその隣に暗い赤いスペクトルが観測されることがある.部屋を暗くしてみよう.反対側には,青や紫のスペクトルが何本か見えるはずである.確認できた全てのスペクトルをノートにスケッチする.

    (3)黄緑の輝線546.1nmに対して最小偏角を与えるようにプリズムを位置させる.

    望遠鏡を回転し,注目する輝線を視野の中央におく.プリズム台を左右に少し回転したときの輝線の運動に注目する.このとき,コリメーターの光軸の方向に動く向きがあるから,その方向にプリズム台を回し,同時に望遠鏡を動かして輝線を追っていく.やがて,プリズムを同じ方向に回していても輝線が逆戻りするようになる.この極限の位置が最小偏角の位置である.

    質問:予習した内容と比較せよ.余裕があれば,輝線の動く方向は予想どおりか考えよ.

    (4)最小偏角を測る

    (3)の位置にプリズムを止め,輝線を望遠鏡の十字線の交点に一致させたときの望遠鏡の位置を指標で読む.コリメーターの光軸方向で(コリメーターと望遠鏡を一直線にしたとき),スリットの像が観測できるかどうか確認する.もし観測できたら,その位置の指標を読み,両者の差から,最小偏角を求める.もし観測できないときは,図8のようにプリズム台および望遠鏡をコリメーターの軸に関して対称な位置に回して,(3)と同様にして最小偏角の位置を求める.この場合は両方の位置での読みの差が,最小偏角の2倍に等しい.

    質問:プリズムが置いてあるのに,直進する光が観測できることがあるのはなぜか?

    (5)屈折率を求める

    この (1)で求めた頂角より,

                (L-5)

    で波長546.1nmにおけるガラスの屈折率を算出する.

    問題:テキスト6ページにある間接測定の平均誤差を与える式,

              (L-6)

    を使って,上で求めた屈折率の誤差を求めてみよう.(L-5)式を で偏微分すると,

    ,        (L-7)

    となる.これらの式に,実験で求めた最小偏角 と頂角の値を代入して,2つの偏微分の値を計算せよ.次に,最小偏角の測定誤差 と,頂角の測定誤差を適当に見積もって,次式により屈折率の測定誤差評価せよ

              (L-8)

    はラジアンに直して代入する必要があることに注意せよ(例えば,=1’と見積もったときは,=/(180*60)=0.00029 radである).

    (6)水銀スペクトルの波長を使って,波長と指標の読みの校正曲線を作成する.

    プリズムを(3)の位置に固定したまま,水銀灯の発する多くの輝線に対して,十字線の交点に一致するように望遠鏡を動かし,指標を読む.理科年表で調べた波長と実際に観測された輝線との対応関係は,以下のようにして推定する.まず,グラフ用紙に,横軸に波長(可視に相当する範囲),縦軸に角度の目盛をつける.なるべく大きなグラフを書くこと.次に,546.1577.0579.1nmの3つのスペクトルは対応関係が分かっているので,グラフにプロットする.残りの輝線と波長の対応は,プロットした点がなめらかな曲線になるかどうかで判断する.全ての測定データをプロットしたら,それらを結ぶなめらかな曲線を引く.測定データは誤差を含んでいるので,全ての測定点がぴったりと曲線上に乗るわけではない.

    (7)水素放電管の輝線を観測し,波長を推定する.

    光源を水素放電管にかえる.水素放電管は劣化しやすいので,点灯している時間をなるべく短くすること.水素原子からの発光は赤い色をしているはずであるが,劣化するとだんだん白くなってくる.なるべく赤い部分を観測すると良い(劣化は,不純物元素からの発光が現れることと水素分子の発光が強くなるのが原因である.分子は多くの回転準位をもつので帯状の発光が見えるようになる).

    水素の輝線を観測し,指標を読む.紫色の弱い輝線があるので部屋を暗くすると良い.(6)で作成した校正曲線を使って,水素原子の輝線の波長を推定する.

    (8)Rydberg定数を求める.

    (7)で求めた波長と(L-4)式を使って,Rydberg定数を求める.(L-4)式の中のは,実験で観測したバルマー系列の場合2である.各輝線に対応するの値は次のようにして推測する.まず,スペクトル列は3以上の1つずつ異なるからの発光であること,隣接した準位間からの発光ほど波長が長くなることを念頭に,各輝線にを当てはめてみる.次に,当てはめたと波長と(L-4)式から,それぞれの輝線について,を計算する.もし,波長の測定との当てはめが正しければ,全ての輝線についてほぼ同じが得られるはずである.うまくいったら,の平均値を計算する.

    確認:理科年表でRydberg定数の値を調べ,測定値と比較せよ.

    問題の測定値(平均値)と(L-4)式を使って,バルマー系列の波長を計算してみよう.理科年表の水素原子のスペクトルの波長とも比較してみよう.

    問題(L-2)式を使って,観測された輝線に関係した準位のエネルギーの絶対値を求めよ.は測定値を用い,プランク定数と光速は理科年表で調べること.エネルギーの単位をeVで書くと結果が見やすくなる.

    (9)その他のスペクトルランプの観測.

    実験室には,他に,ナトリウム(Na),ヘリウム(He),ネオン(Ne),クリプトン(Kr),塩素(Cl2),臭素(Br2)のスペクトルランプがある.時間があれば,これらも観測してみよ.ランプを交換するときは,感電ややけどに気をつけること.

  10. まとめと考察

(1)ここまでにでてきた質問,問題を考える.

(2)分光計の調整手順について,実験ノートにまとめておくこと.略図を活用する.実験中に気付いた“こつ”なども書き留めておく.

教訓:slow and steady wins the race.

(3)自分なりの考察を加えてみる.

 

参考文献

  1. 大学演習「基礎物理学実験」平田森三他 (裳華房)
  2. 「現代物理学」江沢洋 (朝倉書店)1996.
  3. 日本化学会編 新実験化学講座4「基礎技術3 光」 (丸善)1976.

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