@磁気光学トラップ
まず最初に、レーザーによる原子の冷却の原理を説明する。簡単のため、原子は二準位原子とし、一次元方向の運動のみを考える。運動している原子に図1のように左右からレーザー光をあてる。このとき、レーザーの周波数ωLは原子の共鳴周波数ωAに対して負に離調しておく。レーザー光の光子が原子に吸収される際、光子の運動量p=h/λ(hはプランク定数、λはレーザーの波長)が原子に与えられる(輻射圧の原理)。さて、運動している原子からみると、自分と対向するレーザー光の周波数は、正の方向、つまり原子の共鳴周波数に近づくようドップラーシフトする。自分と同じ方向に向かうレーザー光の場合は、状況が逆転し、共鳴周波数から更に離れるようドップラーシフトする。結果、原子は自分の運動に対向するレーザー光からの輻射圧をより強く受け、減速、つまり冷却されることになる。この原理は原子がどちらの方向に運動していても働き、そのまま三次元に拡張できる [5] 。この手法はドップラー冷却と呼ばれ、おおよそ100μKにまで原子を冷却することができる。
図1 ドップラー冷却の原理
せっかく冷却された原子も、そのままではやがて拡散してしまう。原子を長時間捕獲するためには、輻射圧に位置依存性をもたせなければならない。そこで、図2のように、三次元的なドップラー冷却のスキームに、反ヘルムホルツコイルによる不均一磁場を加える。磁場の大きさはコイルの中心(ビームの中心)ではゼロ、中心から離れるに従って大きくなる。この磁場により、原子の共鳴周波数は中心から離れるに従って大きくゼーマンシフトする。詳しい説明は省略するが、ここでレーザー光の偏光を適当に選ぶと、輻射圧が原点へ向かうようにすることができる。この手法は磁気光学トラップ(MOT: Magneto-optical trap)と呼ばれる [6]。
図2 磁気光学トラップ
図3は、我々がボース凝縮実現のために用いた二重磁気光学トラップ [7] と呼ばれる装置の概略図である。装置の上段は、ルビジウム原子気体が充満したチャンバー(〜10-8 torr)、下段は超高真空のガラスセル(〜10-11 torr)となっている。原子は、まずチャンバー内の気体から直接、上段MOTに集められる。集められた原子集団は十分に冷えているので、レーザー光及び磁場を瞬間的に切ってやると、あまり拡散さずに重力に従って落下し、ガラスセル内の下段MOTに再捕獲される。この過程を繰り返すことによって、下段MOTに約109個のルビジウム原子を溜めることができる。
図3 二重磁気光学トラップ
トラップの寿命は、周りの常温気体との衝突によって決まるが、ルビジウム原子気体が充満しているチャンバー内の上段MOTは、1秒程度の寿命しかない。それに対して、下段MOTは超高真空内にあるので、1分近い寿命を持っている。この長い寿命は、Bの蒸発冷却の段階で必要不可欠になる。超高真空内では、そもそもルビジウム原子気体がほとんど存在しないため、上段MOTのように周りから原子を集めることができない。従って、原子を集める機能と保存する機能を別々のMOTに担わせているのである。